「死ぬほどいい女」~ジム・トンプソンを読んで⑤ [書評]
いい加減ジム・トンプソンも飽きたって?
気に入ったら集中して読む! これが読書の醍醐味なのよ! まるで霊が乗り移って、勝手にペンを走らせる自動書記のように、もうお腹いっぱいになるまでひたすら読み続けるのみ! 終着点は神のみぞ知るってね!
毎年の恒例行事として、新聞の紙面で、本を読みましょうキャンペーンが張られる。ということは読む人が減少しているからなのだが、正直、ボクには読まない人の気が知れない。これまでに千数百冊の書物を読んで、忘れてしまったことも多いけれど、読んだ数だけの物語(人生と言い換えても良い)を体験してきたのが、自分の財産になっている。フランスの大泥棒(アルセーヌ・ルパン)から神様(旧・新約聖書)まで、読んでいる間は、時間も距離も超越してしまうこの醍醐味!!!
しかし、そんな読書好きをも、悪意を持って笑い飛ばす作家が、ジム・トンプソンなのだ!
◆「死ぬほどいい女<A HELL OF A WOMAN>」(1954年)
さえない訪問販売員を生業としているフランク・ディロンは、売掛金がまだ未回収の黒人の行方を尋ねるために、ある家を訪ねる。そこには怪しげな老婆と、モナという魅力的な女が住んでいた。モナは老婆の命令で、無理矢理男たちに身体を売らされていた。モナは老婆が10万ドルという大金を隠し持っていることをフランクにこっそり教え、自分をここから連れ出してくれと哀願するが・・・。
さえない男+魅力的な美女+殺人=ジム・トンプソン
という、いつもの設定はまさに定番。しかし、この作品はこれまで読んできた彼の作品の中でも群を抜くイカレようだ。
自分をいびる嫌な上司、気は良いがどこか間の抜けた黒人、強欲な老婆、白痴的だが性的魅力に溢れた美女、性格の悪い妻。登場人物それぞれが一癖も二癖もある輩ばかり。そいつらが自分勝手にグチャグチャ動きまわり、後半からは読み手であるこちらの予想を、遥かに上回る壊れ具合で崩壊してゆく。
作品の途中に挿入された<フランク・ディロン>ならぬ<クンラフ・ンロィデ>なる人物の昔話からして、あれ? これまで読んで来た話と一緒じゃないのかな・・・ん? ちょっと違うみたい・・・と、一読では訳が分からず、煙に巻かれるありさま。
最後には "一応" 事件は収束するものの、まったく別名で書かれた<ドッレフ・ズンーョジ>なる人物の語りが、これまでの話を根底から引っ繰り返す!!!
今まで読んで来た一人称で書かれたジム・トンプソン作品に共通することでもあるが、一人称で語られた物語が、けして真実を伝えない<ウソ>だとしたら、我々読者は何をよりどころにして物語を追体験してゆけば良いのだろうか? そもそも精神分裂症(最近では統合失調症と呼ぶらしい)患者(あくまでたとえです)の紡ぐ物語の "どこまでが真実で、どこからが嘘なのか" どうして見分けがつくのだろうか?
まさに「死ぬほどいい女」は、悪魔的所業の作家、ジム・トンプソンの<スペードのA>級の傑作だ!
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