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『教会のみえる川辺で』(海市-工房) [演劇]

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                 『教会のみえる川辺で/海市-工房』(2009)


 前作の『愛しい髪 やさしい右手』を観て思った。
 海市-工房は、演劇界最後の良心であると。
 確かな根拠があるわけではない。
 それでも、絶望の向こうには、必ず希望があると、そう信じさせてくれる、信じてみようかなと思わせる、何かがあるのだ。
 それは戯曲を手掛ける、しゅう史奈女史の作風に負うところが大きいが、その本の魅力を最大限に引き出そうとする小松幸作氏の演出方法、しいては人柄も、大いに影響しているはずだ。

 STORY:こじんまりとした古びたホテル。リバーサイドホテルという名の通り、川沿いに建つそこは、どこかのんびりした空気が漂う。
 今は亡き親から相続した次女のゆう子は、3年前、雨の夜に尋ねて来た博之と一緒に、このホテルを切り盛りしている。
 ある日、ゆう子の幼馴染の達也が写したホテルの写真が、雑誌に入選する。
 しかし、それを機会に、謎の無言電話が鳴り、達也を訪ねて来る女性が・・・。

 一枚の写真がキッカケとなって、平穏無事な日常に覗く小さな亀裂。やがてそれは次第に深い裂け目となり、さらに大きな波となって、周囲の人間を巻き込み、修復不能な現実を露呈し始める。

 雑誌の編集部を舞台にした前作とは打って変り、今回は川辺に建つ小さなホテルが舞台となり、その分、どこかのんびりした雰囲気を漂わせているものの、次第にそれは緊張感を帯びてゆき、ゆう子にとっては、語られるべきではなかった、知られるべきではなかった真実が露呈した時、自分がこれまで見ていた現実はもろくも崩れ去り、その代わりとして、錆びついた鉄の、血にも似た嫌な臭いと、ひんやりとした手触りが残る。

 時間は過去へと逆回転しながら、小さなほころびを押し広げずにはおれない。
 一枚の写真が呼び戻した博之にとっての「過去」の遺物は、しかし、再び蘇り、現在を侵食し始めにかかる。断ち切ったはずなのに、断ち切れていなかった "関係" が、今を壊そうと触手を伸ばすのだ。

 それでも逃れられるはずだった。なのに・・・。
 過去の一人の女性の "純粋過ぎる思い" を知った時、博之は破滅する。
 破滅の瞬間に脳裏を横切ったのは、その女性との出会いの場面であった。まだお互いが学生の頃、初めて二人で話した時の胸の鼓動、赤らむ頬・・・。
 
 博之の過去を知り、彼を失ってしまってもなお、彼の中にも幸福な一瞬が訪れたことを願って止まないゆう子の心情は、やはり尊く美しい。
 <神>が存在するのかは知らないが、もし存在するとしたら、キリストという名の偶像の中などではなく、この時のゆう子の心の中にだろう。
 もし、そうならば、<神>というヤツをちょっとは信じてやってもいい、そう思えて来る。
 
タグ:海市-工房
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