『虐殺器官』(伊藤計劃) [書評]
『虐殺器官/伊藤計劃』(ハヤカワ文庫)
作者の名前が読めないぞ、、、とか、
なんだ、この黒い装丁は、、、とか、
キャッチコピーの「ゼロ年世代ベストSF」第1位、、、とか、
なにやらただならぬ妖気を発しているこの本、前々から気にはなっていたのを、やっと手に取ったのであった。
単なる偶然なのか、それとも意図したのか、真黒な装丁があたかも葬儀に飾られる作者の写真のごとく、もしくは位牌のごとく感じられたりするのだが、まさにその通りで、作者はすでにこの世の人ではない。
そう考えると、遺書を保管しておく黒塗りの箱にも見えてきたりするのだから、なにをか言わん。
STORY:近未来の世界。アメリカ軍大尉シェパードは、超ハイテク特殊部隊に所属し、祖国に火の粉が降りかからないのよに、貧しい国に次々と起こる内乱や虐殺を鎮める戦いをしていた。具体的にはそれらを引き起こしていると疑われる謎の男、ジョン・ポールの暗殺だ。しかし、今一歩というところまで追い詰めながらいつも取り逃がしてしまう。
理由は分からないのだが、ジョン・ポールの現れる国は必ず内乱や大量虐殺が起こるのだ。いったい彼は何者で、なんの為にそのようなことを引き起こすのか・・・。
もうひとつ表紙に書かれたキャッチコピーが<現代における罪と罰>。近未来を舞台にしたテクノロジーに満ちた戦いの様子があちこちに描かれていながらも、どこか戦いは泥臭く、今風だ。そもそもいくらハイテク化されようとも、しょせんは命のやり取りなわけで、血も出れば、身体も損傷を受ける。その意味においては未来も過去もきっと大差ないのだろう。だからSF小説にまとわりつく空絵事はここには見事にない。SF嫌いはその点にアレルギーを持つのだが(ボクがそう)、その作品は最初から違和感なく読み進められた。
ジョン・ポールの《虐殺器官》理論は賛否両論あるかもしれないが、彼がそれを用いてなぜ血にまみれた混乱を誘発させるのかについては、一理あるかもしれない。彼の殺害指令を受けたシェパードは、ジョン・ポールの行動原理となったその考えを当然否定するのだが、100%否定出来ない思いも残ったりもする。
後半、対峙したジョン・ポールとシェパードの対話は、キャッチコピーにもある通り、ドストエフスキー『罪と罰』におけるラスコリーニコフとスヴィドリガイロフとのやり取りを彷彿とさせるし、また、『カラマーゾフの兄弟』における次兄イワンの告白にも通ずるところがある。そして最後に訪れる結末は。。。。
なるほど・・・。
最後のページをめくる手を一瞬止めたその時、妙に納得してしまう自分がいる。
読み終わってしばらく呆然としてしまいました…
今年は私の中でこれを越える本は無いのでは!と思うほど(まだ今年は残っていますが)圧倒されました。
SFは私もあまり好んで読みませんが、これは今まで勝手にイメージしていた「SF小説」とは全く違いました。
近い将来世の中はこうなるのかも、いや、この中の一部は既に現実になっているのではと下手な都市伝説よりずっとリアルな感じでした。
職場のスタッフにも好きな方がいて、「死ぬ直前に書いた未完成作品の続きが気になって、大暴れしたことがある」と言っていました(笑)。
くせがあるけど忘れられないお酒を飲んだ翌日のように、
私はしばらく(年内?)心地よい「伊藤計劃二日酔い」から醒めそうにもありません。
by nf (2011-08-22 13:57)
ボクも読みながら、これって、ゲーム世代を通過しないと書けない文章だなと思いました。描写は残酷ながら、どこか冷めた視点のようなものが全編を貫いているんですね。逆に言えばそこが評価の分かれどころでもあります。特に古い世代にとっては異質なのではないでしょうか。
『罪と罰』は、一人の才能ある青年を生かす為には、老い先短い金貸しの老婆を殺すことは許されるという考えであり、この作品に当てはめれば、一つの大切なものを守る為には、それ以外の世界を不幸にしてもかまわないという考えになります。
次作の『ハーモニー』は、この物語が到達した後の世界を描いていて、内容は別物であるにもかかわらず、続編と呼んでも差しつかえのないものになっています。
by TAO (2011-08-22 22:31)