『楽園への疾走』(J・G・バラード) [書評]
『楽園への疾走(Rushing Paradise)/J・G・バラード』(1994)
『殺す』に続いて読んでしまいました。
なんだかんだ言っても、変態好きなもので。こうなると真っ当なものでは満足出来ないんですね(笑)
だからマイナーで危ない方につい吸い寄せられてしまう。因果やねえ~。
『楽園への疾走(Rushing Paradise)』は1994年の作。偶然だが、『殺す』(1988)が<Running~>なので、イメージ的には類似点があるのかな? 暴走するようなイメージが・・・。
で、こちらは昨今の環境保護団体ピ-スボートをモデルにしたと思われる、クジラならぬアホウドリを救え! と叫ぶ女性医師バーバラが主人公。座り込みやビラ撒き、抗議のデモ等、かなりの強硬派のようだ。そんな彼女に魅せられた少年ニールは、ひょんなことから彼女と行動を共にすることとなる。
タヒチ沖の島は過去にフランスによって核実験場と化し、アホウドリも生息の危機に瀕しているのだ。そこにバーバラを筆頭に、ニール、バーバラの抗議運動に賛同した人たちが船で乗り付ける。挙句の果てに、島にいすわり、独自の生活を送り始めるのだが、いつしか環境保護運動から逸脱した異常な行動を起こし始める・・・。
環境保護運動の拠点として、その島はアホウドリともども、楽園となるはずだったのに、バーバラの不可思議な行動から不穏な雰囲気が漂い始め、やがて楽園の意味合いが根底からひっくり返ることになる。彼女にとって保護すべきなのはアホウドリなのか? それともまったく別ななにかなのか?
後半、ほとんど狂気となる彼女の "疾走" は、しかし、単なる物語の中のフィクションだとは言い切れず、ここでもやはり未来を見通すバラードの冷徹な視点で満ち満ちている。現実のグリーンピースの抗議行動を見れば、一線を越えていると日本人なら理解出来るが、どこまで行っても優越人種である白人にとっては、調査捕鯨と言う名のクジラの虐待を続ける日本の方が理解不能であるように、バーバラにとっても自分が取った行動こそが<正義>なのだった。
ならばこの作品を単なる小説と読み飛ばすことの愚を、我々は肝に銘じなければなるまい。すでにすべてを網羅する正義など、どこにもないと。正義は己の中にあり。しかし、それが正しいとは限らない・・・。
他のバラードの作品を一通り読んで、この作家がなにを考えているのか、知りたいところだ。
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