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『殺す』(J・G・バラード) [書評]

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             『殺す(Running Wild)/J・G・バラード』(創元SF文庫)


 あまりといえばあまりなタイトルである。
 『殺す』・・・って、ズバリ過ぎね? って感じ。
 原題をチェックしてみると、『Running Wild』だった。確かに日本語に置き換え難いタイトルだと思う。
 でも、読み進めるうちに、この何とも物騒な邦題が、あながち的外れでもないことに気づく。

 作者のJ・G・バラードは英国出身。皮肉な英国紳士らしく(?)、どこかシニカルで、不条理なテイストを物語に折り込む、特異な作家だ。映画ファンの間では、デビッド・クローネンバ^グ監督で映画化された『クラッシュ』の原作者として、知名度も高い。
 なのでやっぱりというか、一筋縄ではゆかない、偏屈者だったりするので、たちが悪い。

 そもそも『クラッシュ』なんて、車に乗って事故を起こし、車共々大破して死ぬのが、絶好のエクスタシーだなんて、普通の人は考えないでしょうに。挙句に突っ込むのが、憧れの映画女優だったりすれば、なおサイコーッ!!! だなんて・・・。
 小説は、それをまじめに描いてます(笑) 
 「キモイ!!!」
 今の若者たちなら、その一言で無視してしまうだろうが、中年はグロの中にエロスを垣間見ちゃったりして、ちょっとドキドキ・・・。『他人のセックスを笑うな』は山崎ナオコーラの本のタイトルだが、『他人の性癖を無視するな』と、ここのところは言ってしまいたい。

 そんな彼の1988年作がこの『殺す』だ。

 =ロンドン郊外の高級住宅街で、32人の大人が殺され、13人の子供が誘拐された=

 なぜ彼らは殺されなければならなかったのか?
 誰に殺されたのか?
 誘拐された子供は無時なのか?

 この3つの謎を調査することになったドクター・リチャード・グレヴィルの日記という形式で、小説は書かれている。 日記なので、必要以上に受けを狙ったり、怖がらせたりする必要はない。ただ、事件現場を歩き、そこの空気に触れ、気になったことや感じたことを、ありのままに綴っただけである。
 一読するとやけにぶっきらぼうな文体にいささか戸惑いを隠せないのだが、読み進めてゆくと、淡々と書かれているがゆえに、じんわりとした不気味さを醸し出し、背筋が寒くなる。

 調査の中から浮かび上がる答えは、消去法によってこれしかないと導き出されたものであり、結果に至った過程と、惨殺現場で起きたであろう "事実" を、まるで実況中継の如く、ただ語るのみである。必要以上に感情移入せず、無機的な文章は、静かであればあるほど、恐ろしさが募る。

 バラードが予言者に例えられるのは、これから訪れるであろう未来社会の表向きの現象だけでなく、核となる心情すらも捕える審美眼の飛び抜けた力ゆえだろう。
 それから察すると、この作品も、まさに未来を予言した書と言えるに違いない。


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