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『霧島、部活やめるってよ』 [映画]

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 ちょっと変わったタイトルに惹かれたのと、原作が書店に並べられていたのを目にしていたので、ふらりと劇場に足を運んでみた。

 場所は新宿バルト9。ここってエレベーターで上に登らなきゃならないからかなり面倒臭いんだけど、ちょうどいいタイミングで上映しているのがここだけだったので、まあ、しかたないか、、、と思って行ったら、空いている席が一番前と2列目の2つのみ!!

 ど、どうなってるの???

 余裕で座れると思っていたから、マジですか!!! って感じ。

 さて、両隣を女性に挟まれて観る 『霧島、部活やめるんだってよ』 は、なかなか考えさせられる映画だった。
 
 特に事件は起こらない。「バレー部の桐島が、どうやら部活を辞めたらしい・・・」という噂だけが、提示される。で、肝心の桐島は、あちこちで噂にはなっているにもかかわらず、最後まで登場しない。
 ほほお~、この手法は、演劇好きならご存じの通り、ベケットの「ゴドーを待ちながら」と同じだ。ゴドーもやっぱり現れない。
 だから主人公は、バレー部を辞めたらしい人気者の桐島ではなく、彼の友人たちであり、同じ部の部員であり、直接桐島と関係がなきにもかかわらず、間接的に影響されてゆく者たちである。
 そのドタバタした様子が、複数の登場人物の視点で描かれてゆく。なので、形を変えながら、一部重複したシーンが2度、3度と登場する。これなどさしずめ、劇団「マームとジプシー」(同じシーンが何度となく繰り返される)が得意とする手法だ。監督が芝居好きかは知らないが、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で、本谷有希子による戯曲を映画化していることもあるし、もしかしたらそれもあるかも。

 それにしても、今の高校生たちの置かれた状況だとか、彼らが紡ぐ人間関係だとか、一見明るい笑顔の裏に、こんなにも淀んだ空気が蔓延しているのにはやはり驚かざるを得ない。
 表向きは仲良くても裏では・・・みたなことはどこでもある話なのだが、仲間外れになりたくないがために取る行動や、表向きの関係を維持するための気遣いなんて、まったく息苦しいばかりだ。それならいっそう孤独になってしまえと、そこまで吹っ切れるわけでもないから、結局は体裁良く自分を取り繕う。
 ボクが高校生だった頃も似たようなことはあったが、もう少し単純だったと思う。これじゃあ、今も未来も変わらない<灰色の日々>が永遠に続くようだ。
 そんな中、どん臭い映画部のオタクたちだけが、自分のやりたいことを、他人に疎まれようがやっているという事実は押さえておいてしかるべきだろう。

 少し前、山手線の電車の中での大学生と思しき男2人、女2人の会話が想い出される。
 女「仲が良くても、友達には悩み事とかは打ち明けないなあ・・・」
 男「え? なんで?」
 女「だって、なんかわずらわしい感じがするじゃない?」
 
 友達には、自分の情けないところとか、ダメなところもひっくるめて、開けっぴろげに出しちゃうもんだとばっかり思ってました。
 違うんですか???


 
 
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