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『THE BLACK DIRT SESSIONS』(DEER TICK) [音楽]

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           『THE BLACK DIRT SESSIONS/DEER TICK』(2010)


 知らない音楽を探すのは楽しい。
 音楽雑誌もずいぶん読んでいないが、そんなのなくたってぜんぜん困りゃしない。
 AMAZONさえあればそれで良し !?

 というのはいささか大げさではあるが、じゃあ、嘘かと問われれば、80%は正しい・・・と。
 まず、冒頭の30秒なりが視聴出来るのが嬉しい。残念ながらAMAZON JPは頼りにならない分、AMAZON USとか、UK、時によってはFRANCEまで、ランダムに聴きまくっていれば、どこかでお気に入りに出会えるはず。
 もしくは、関連作品としてピックアップされたものとか。

 そんな中で、久々にこちらの琴線に触れた作品があったので、ここに紹介。

 『THE BLACK DIRTY SESSIONS』と名付けられた作品は、髭の男の顔のアップの写真が強い印象を与える。
 アーティストはDEER TICK、、、って、まったく聞いたこともない。調べると、TICKとは蚤のことらしい。何となくB級っぽいやさぐれ感漂うジャケットを見て、妙に納得してしまう。
 このアルバムは昨年末発売になった彼らの3枚目で、基本はカントリー&フォーク&ガレージロック。どうやらアメリカのインディー・バンドらしい。

 特記すべきはボーカル&ギターのJohn Joseph McLavley Ⅲの "声"。けして美声ではない。どちらかといえばダミ声に近いかもしれない。しかし、この声がいいのだ。一度耳にしたらけして忘れられない声、それはまるで "声"に言霊が宿るが如し。例えるならば往年のリオン・ラッセルのような、まるでくさやの干物を思わせる独特な声は、好きになれば(ボクのように)とことん好きになり、でも、一聴して拒否反応を起こす人もいるだろう中間がなく、どちらかなようにも思える。

 AMAZON USAの評価では、この作品は、過去の作品に比べてメランコリックと評されていた。確かに割とシリアスな内容のようにも感じられる。そこで、気に入ったらとことん、、、と、1枚目と2枚目をAMAZONですかさず購入。嫁さんに怒られることを覚悟の決死の"クリック"。
 今、手元にある2枚目『BORN ON FLAG DAY』(2009)に耳を傾けると、確かに穏やかなカントリー調の曲が多い。それでも明るい曲の割にはマイナーなメロディがあちこちに散りばめられていて、やっぱりグッときてしまう。時間差で届けられた1枚目『WAR ELEPHANT』(2008)も、カントリー&フォーク的な演奏で、初々しさを醸し出しつつ、やはりどこか影がある。
 現代に蘇ったグラム・パーソンズと言えば理解していただけるだろうか?

 彼らがアメリカン・インディーズ・シーンでどのような位置にいるのか、正直分からない。売れているのか、これから売れるのか、売れないのか。でも、他人の評価なんてどうだっていい。ボクはボクの気に入った音楽を聴くだけだから。でも、少なくとも新譜をコンスタントに発売出来る程度には売れて欲しいと思う。そして、日本でライブが観られる日がいつか来ることを切に願う。


 PS. 彼らのライブの様子はYouTubeで観られるので、暇な時にでも観てやって下さい。

  
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Elliott Murphy's Song [音楽]

 かつては、そう、70年代の後半には、ディランズ・チルドレンの一人として脚光を浴びていたエリオット・マーフィー。
 派手さはないが、良質なアルバムを発表し、都市の暗部を描く気鋭のシンガーとの好評価も、思ったほどのセールスには結びつかず、いつしかアメリカを追われるようにして、パリに活動拠点を移す。
 同様なシンガーにウォーレン・ジヴォンがいるのだが、彼も死ぬまでまっとうなセールスを上げることが出来なかった人だ。作品はどれも素晴らしかったにもかかわらず・・・。

 このように、はるか東の果てにある日本の洋楽ファンからしたら信じられないようなアメリカのユーザーの惨状には、まったくもって失望の念しか持てない。
 かつてアメリカの国民音楽とも言えるジャズがそうだ。バド・パウエルも、デクスター・ゴードンも、ジョニー・グリフィンも、みんな本国では食えずに、ヨーロッパに移ったのだった。

 フランスに渡ってからのマーフィーは、嬉しいことに、コンスタントにアルバムを発表してくれている。
 『NIGHT LIGHTS』 『JUST A STORY FROM AMERICA』といった傑作には残念ながら及ばないものの、駄作はない。
 歌い続けること・・・。
 継続は証明することなのだ。過去の自分の存在証明であり、それは同時に、今現在の存在証明でもあるからだ。
 売れてようがなかろうが、歌そのものの価値をおとしめるものではまったくない。
 誰にでも理解出来るものが必ずしも素晴らしいとは限らないように、仮に売れなくったって素晴らしい歌はたくさんあるのだから。

 10代から20代前半の、ピカソに例えるならば《青の時代》にも似た、青春のうっ屈した思いを代弁してくれた一人がエリオット・マーフィだった。
 明日をも知れぬ我が身に吹く風は冷たい。自分がこれからどうすべきなのか、どこへ向かえば良いのか、まったく見えなかった時、いつも彼の歌は姿の見えない友のように、そっと付き添ってくれていたっけ・・・。

 
 「You never know what you're in for」(『Night Lights』より)

 And we are all junkies, pushers, pimps and hookers
 You never know what you're in for
 And you can shake it, try to forsake it
 You know you're gonna take it
 You never know what you're in for

 俺たちはそろいもそろって、ヤク中や、売人や、ヒモや、売春婦で
 先がどうなるのかなんてまったくわからないし
 そんな運命を振り払うことも、捨てることも出来るんだろうが
 でも、結局はそれを選んじまうのさ
 先がどうなるのかなんてまったくわからないし                      (訳 TAO)

 と、歌われるサビが、妙に自分の境遇とリンクして、心に沁みた。
 負け惜しみなのは重々分かってはいるのだが、ドロップアウトもせず、卒業~就職と、真っ当な道を当たり前のような顔をして生きているヤツに嫌悪感を抱かずにはいれなかった。
 いち社会人として働き、家族を持つようになった今でも、あの時の思いは、心の片隅にいつだって残っている・・・。


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タグ:ロック
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フラメンコ・ギタリスト、沖仁ライブ [音楽]

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 スペイン帰りの会社の同僚の女性に、
 「フラメンコ・ギターの沖仁のライブがあるので行こう!」
 と、声をかけられ、万年金欠なワタクシではあったのだが、チケットが4500円とかなりリーズナブルだったので、
 「いいよ」
 と、一言。
 で、沖仁(おき・じん)って、誰?
 と、後で思った。

 聞いたところによると、
 NHK『トップランナー』に出演
 NHK大河ドラマ『風林火山』のテーマを作曲&演奏
 そして今年7月に開催されたムルシア・リカルド・フラメンコギター国際コンクールの国際部門で見事優勝!
 ついでに『徹子の部屋』にまで出演というおまけ付き。

 会場は渋谷に新しく誕生したさくらホール。
 ギリギリに掛け込むのも嫌なので、仕事が残っているにもかかわらず、30分早く出る。
 ・・・そうしたら逆に早く着き過ぎてしまい、近くにあったジョナサンでコーヒーを飲む。

 「スプリング・ツアー2011~コン・パルマス~」と名付けられたツアーの初日に当たるこの日は、
 沖仁(ギター)
 石塚隆光(歌)
 伊集院史朗(踊り)
 を前半、
 そこに小林知詠(サイド・ギター)
 が加わる後半の2部構成。

 ソロあり、歌入り、そして踊りありと、バリエーションを変化させながら、フラメンコの魅力を観客に伝える沖は、ところどころにMCを挟み、会場をリラックスさせる。
 手拍子も担当する石塚&伊集院は観客に拍子の打ち方のレクチャーも。
 それを受けて演奏につなげる沖の発想が楽しい。

 後半はフォルクローレも手掛ける小林のギターが加わることで、より迫力のある演奏を実現。
 これぞフラメンコ! 燃えるぜ!!
 途中、爪が割れるアクシデント。でも、冷静に対処し、演奏は続けられた。

 MCの時に沖が良いことを言っていて、
 「いくら向こうの人がやるように演奏しても、結局は彼らと同じにはなれないことがわかった。ならば自分は自分の音楽をやるしかない」
 自分は何者なのか?
 同一民族でなあなあと暮らす太平日本では忘れられがちであるが、海外にいる者は、必ずアイデンティティを問われる。それは存在の根幹をつかさどる必要不可欠なものなのだあ。
 ゆえに日本のアーティストがいかに上手に本物をまねても、それは単なる物まねでしかない。いくら上手にまねられたとしても、まねはまね。けっして本物を超えられはしない。
 あなたは何者なのか?
 沖は改めて自分のルーツを見つめ直した結果、
 日本人にしか出来ないフラメンコをやる・・・
 そう決めたそうだ。
 だから彼のフラメンコはフラメンコ以外の要素も加わる。
 自分だけのフラメンコを表現するために。

 観客はそんな彼の演奏に、時にしみじみし、時に興奮させられた。
 だれもがとても楽しい時間を共有出来たに違いない。
 ボクもまたしかり。

 ライブが終了し、スペイン料理屋に寄った。
 生ハム、マッシュルーム、えび、あさり、チーズ、、、タパスと呼ばれる小皿に盛られた料理をつまみ、ワインを炭酸で割った飲み物を特注し、飲んだ。
 これはスペイン帰りの女性が現地でごく普通に飲まれている飲み方だと教えてくれた。
 「本当はこれに氷を入れるんだけど」
 メニューにないのに、それも一見さん、そこまでは厚かましくてお願い出来なかったけれど(笑)

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立教大学寄付講座『音楽シーンの魅力』 [音楽]

 池袋にある立教大学で、公開シンポジウムが開催されました。
 題して『メジャーレーベルプロデューサーが語る音楽シーンの魅力』。 
 話すのは、ユニバーサル・ミュージック、ソニー・ミュージックで実際に仕事をされている方なのも魅力だ。
 公開シンポジウムなので一般人も視聴可らしく、いちおう音楽産業の末端にいるボクも、会社の同僚3人と事前申請をして、聴きに出かけたのであった。

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 CDが売れなくなくなり、音楽業界は、正直、アップアップなのだが、じゃあ、
 ≪なぜ売れなくなったのか?≫
 とか、
 ≪今の若者は何をどう聴いているのか?≫
 とかを知りたかったのだが、、、。

 シンポジウムは2部構成で、第一部は会社案内の映像を流し、両名がどんな仕事を実際に行っているかを具体的に話された。
 さすがに日本だけでなく、洋楽アーティストも多数抱えているメーカーらしく、華々しい映像が次々に映し出されるのには、ちょっぴり羨ましく思えた。話しも現役らしく、過去を振り返るのではなく、今のリアルを伝えようとされてて、その姿勢には共感が持てた。
 個人的にはもう少し突っ込んでマニアックに展開しても良かったのではとも思ったが、公開シンポジウムなので、それをやるとついてゆけない人も出てくるだろうなで、まあ、しょうがないだろう。リクルートのための会社案内(大学でやることの意味合いにはそれも含む?)的側面もちらほら。

 第2部は壇上に立教大の学生を乗せて、「洋楽を聴く人」VS「洋楽を聴かない人」に分かれてそれぞれの聴き方を探った、、、のだが、進行がもたつきぎみというか、事前に壇上に上がる人は決めてあるし、話す内容も知らせてあるだろうに、話し合いというか、雑談から先に進まず。せっかく対立関係を設定したのに、それぞれにそれほどのこだわりがないのだ。だから自分の立場の主張が乏しく、話し合いにならない。
 これが今時の大学生なのか? と思うと、釈然としないものが残った。音楽が好きだと言いながら、好きの程度が、おじさんには、どうにもはがゆい。

 最後は視聴していた学生からの質疑応答で、こちらの方がよっぽどましだった。

 シンポジウムを終え、軽くメシでもとなり、居酒屋ならぬサイゼリアに寄る。
 これまで一度もサイゼリアを利用したことのないボクは、以前から安くてそこそこ美味いぜと聞いていたので、期待していたら、その通りだった。いいなあ・・・サイゼリア。 

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『ベスト・オブ・ジュリエット・グレコ』 [音楽]

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         (紹介した作品がカタログになかったので、同一写真を使用している別盤です)


 ジュリエット・グレコのベスト盤が中古であったので購入。
 いつかは買わなくちゃと思い、はや数年~10年が経過し、もしかしたらこのまま買わずに終わるのか !? と危惧していたので、ホッとひと安心。

 いい女というのは人によってまちまちなれど、ボクにとってはグレコはとびきりのいい女だ。
 若いころの蓮っ葉な感じも微笑ましく、アイドルとは違って、なかなか一筋縄ではいかなそうなところが気に入っているなんて言ったら、ちょっぴり変かな?
 誰にもニコニコ愛想よく、純真無垢な女なんているはずもなく、いると勘違いしている、いや、勘違いしたい人がアイドルに夢中になっているオタクたち。イベントに行って握手、CDは何バージョンも購入、おまけに写真集もね。まったくいい人たちだ。お世辞じゃなくて。

 もしかしたら、ボクにとっての大人の女の代名詞が、グレコなのかも知れない。

 ベスト盤なので、全部が代表作であるはずの中でも、これが聴きたいから購入したとも言える一曲が、セルジュ・ゲーンズブール(ゲンズブール)作の『アコーディオン』。
 ずいぶん昔に、たぶんNHKだと思うが、グレコのライブを放映したことがあったように記憶している。シャンソンのスタンダードはそれまでにも聴いていたので聞き覚えがあったのに対し、この曲は初聴であった。
 とにかく忘れがたい魅力を放つ不思議な曲で、サビの、アコーディオン、アコーディオン、と、繰り返される言葉とメロディが身体(心?)にからみついて離れない。
 後日、それがゲーンズブールの曲だと知り、なるほど、、、と、納得した。 彼のファーストアルバムに収録された「リラの切符切り」にも通じる、どこか日常生活になじめない孤独な男(それはそのまま彼の心情でもあったのかも)の皮肉な歌。いかにもニヒリズムを顔に張り付けたような彼らしい作品だ。
 
 それ以外にもシャンソンの定番である「枯葉」「パリの空の下」「桜んぼの実る頃」「聞かせてよ愛の言葉を」、グレコのハスッパな感じが良く出た彼女の十八番「ノン・ムッシュー、私は20歳じゃない」、故ジャック・ブレル作「孤独への道」まで、全20曲。甘さを控えたというか、苦いチョコレートのような歌声は、永遠のエヴァーグリーンなのだ。
 そして、70歳を過ぎても現役(数年前には新録も発表!)で活躍、まさに生きる伝説だろう。

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おじさんたちは花盛り [音楽]

 巷ではCDの売り上げが全盛時の6割程度まで落ち込み、音楽業界も衰退の一途を辿っているという。
 確かに音楽業界の末席にちょこんと鎮座しているワタクシにとっても、他人事ではありません。
 やれ、違法ダウンロードが諸悪の根源だ、携帯に金が掛ってCDまで手が回らないとか、理由はさまざまなのでしょうが、魅力的な作品をユーザーに提示出来ずにいるこちら側の問題もけっこう大きいような気がしてなりません。
 瞬間的に売れる作品は見受けられても、
 「じゃあ、半年後も(小規模ながらも)売れ続けているのか?」
 と問われれば、
 「もちろん!」
 と言えるものがどれほどあるのかと自問すると、暗澹たる気持ちにならざるを得ない現実。

 そんな中、世間では中年と呼ばれる人たちのパラダイズと化しているのが、中古CDショップ。
 通勤経路に新宿があるために、けっこう頻繁に訪れるのが、音楽好きとの待ち合わせにも使っているディスクユニオンで、ロック館やプログレ館と命名された各店舗は、連日CD漁りに精を出す益荒男(ますらお)たちの熱気でムンムンしているのだった。

 60年代後半~70年代、さらに80年代前半頃に洋楽の洗礼を受けたオジサン達にとって、音楽はあくまで<盤>で聴くもの。LPがCDに取って代わろうが、あくまで現物至上主義を貫き通す。もちろん携帯音楽プレイヤーは持っているものの、それはあくまで通勤用。家では家族に文句を言われながらも(大音量とはいかないけれど)、スピーカーから発せられる音の塊が、部屋の空気を震わせるのをうっとりとした気持ちで聴いている輩なのだ。

 オジサンたちは熱い、熱い! 熱気が違います。青二才が触れようものなら、たちまちファイヤー!!
 「オレノ背後に立つんじゃない・・・」
 まるでゴルゴ13並みの殺気を身にまとい、同業者をけん制する。
 「あっ、それ、オレが密かにキープしておいたCDだったのに!!」
 そんな思いをしたくないための<哀しき予防線>。

 未聴CDは20年前の作品だろうが、未聴であるという真実ゆえ、すべて<新譜>なのだ。
 これも欲しい、あれも欲しい。それに引き換え、小使いは年々カットされるありさま。
 「嫁さんになどこの気持ちが分かってたまるか・・・」
 そうつぶやいたとたん
 「あんたの道楽なんて分かりたくもない!」
 と、無慈悲な言葉に傷つきながら、それでも男は荒野を目指す・・・。

 そんなこんなで最近購入したCDをツイッターよろしく、短いコメントで紹介しちゃいましょう!


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               『四重人格(QUADROPHENIA) / THE WHO』(1973)

 日本ではTHE KINKSと並んで今ひとつ人気のないTHE WHO。
 両者に共通しているのが、英国特有の癖のあるメロディ。どこか陰りがあり、フィッシュ&チップスの本場はやっぱり違うぜ! と、思わずにはいられない。いわゆる泣きのメロディ(マイナー調の)がないんですね。
 『さらば青春の光』という、モッズ少年の青春物語として映画化されたこの作品は、ロックの格好良さを無条件で思い知らされる傑作でしょうね。


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                       『MONTROSE』(1973)

 ハードロックをほとんど聴かないボクが珍しく購入したハードロックの古典的名盤。実は小2のイケメン君がなぜか最近 B'Z にはまっていて、ハードな演奏が好きなら、ルーツを聴かせてあげたいなあ・・・という親心で買ってみた。もちろん内容は保証付き。
 後にVAN HALENの2代目ボーカリストになるサミー・ヘイガーのシャウトもいいが、聴きものはやっぱりロニー・モントローのハードなギター。いかしたリフも特筆もの!


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            『THE SIX WIVES OF HENRY Ⅷ / RICK WAKEMAN』(1973)

 ご存知、YESの偉大なるキーボーディストの初ソロ作。彼の最高傑作は『アーサー王と円卓の騎士』だと思うが、これは同じ中世を題材にしていながら、演奏は現代っぽい。クラシックの色合いも覗かせながら、まぎれもなくロックそのものな演奏はやっぱり素晴らしい。


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               『第四帝国の白日夢/SERGE GAINZBOURG』(1975)

 ボクの師匠の一人。スタイリッシュという言葉はこの人のためにある。
 このアルバムはナチスの愚行を、チープなロックンロールに乗せておちょくったもの。セルジュ自身もユダヤ系なので、ますますその皮肉は強烈。A、Bメロを自分で歌い、サビを女性コーラスに歌わせる手法も完成の域に達している。自分で最後まで歌って欲しい気もするが・・・(笑)


 と、まあ、こんな感じですかね。
 そうそう、AMAZON経由でアメリカにオーダーした逸品(?)も、発送されたとメールが来ていたっけ。
 本当、もう、家にいながらにしてWORLD WIDEなのだ!!!


 PS. イケメン君にはわるいけれど、B'Z はロックバンドじゃないよ。でも小2だから許してあげる❤❤❤

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タラフ・ドゥ・トランシルヴァニア来日公演 [音楽]

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 なにやら怪しげな名前のバンド(?)。
 トランシルヴァニアといったら、そりゃあ、やっぱり、ドラキュラでしょうに(笑)
 いえいえ、そうじゃあありません。
 トランシルヴァニア地方の伝統音楽を奏でる人たちなのだ。
 ちなみに、タラフ=楽団の意味だそうです。

 そもそもこの楽団が注目を浴びるようになったきっかけは、数年前に日本でも行われた『ジンガロ』という馬を使ったショーで演奏をしていたことだった。人馬一体となったそのショーは、ヨーロッパでセンセーションを巻き起こした後、待望の来日となった。

 開演前にバイオリンを演奏しながらロビーを闊歩するというパフォーマンスのまま、全員で客席を通り抜けてステージへと登場。意外な登場の仕方に、のっけから観客の心をグイ! と、わしづかみにする心憎さはさすがだ。

 演奏は組曲形式のものが多く、
 「ルーマニア・トラディショナル・パート」
 「Sic地方のハンガリアン・トラディショナル・パート」
 「ジプシー・トラディショナル・パート」
 と名付けられた曲が、次々と演奏されてゆく。

 最初の曲を聴き終わってまっさきに思い浮かんだ感想は・・・
 「演奏、しづら~~い!!!」
 ということだった。
 曲の滑り出しの部分が、なんともリズムにのりづらく、まるで変拍子で踊るワルツの如し。
 民族音楽って、西洋音階とはまた違っているので、実際に演奏するのはとても骨の折れる作業だったりするらしいのだ。
 彼らの演奏を聴き、改めてそれを実感させられた。

 ジプシー・トラディショナル・パートでは、ステージの照明を変えてエキゾチックな雰囲気を演出。
 曲の方もほのかに漂う哀愁感が魅力的だった。

 ブラームスのハンガリー舞曲で盛り上げたりして、バカテク具合も楽しい夜となった。

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『オリジナル・アルバム・クラシクス』(by ジョージ・ベンソン) [音楽]

 ちょっとアーシーなジャズ・ギターを聴いてみたくなった。
 最近はめっきりジャズともご無沙汰で、聴かないわけではないものの、以前に比べて頻度は確実に落ちている。
 さて、じゃあ、何を聴くかいな・・・。
 そう思っていつも通りにAMAZONを覗いてみて、引っ掛かったのがこれ。

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 ジョージ・ベンソンといったら、大ヒット曲「GIVE ME THE NIGHT」が象徴するように、ジャズというよりはフュージョン&コンテンポラリー方面の人。でもそれは70年代半ばに入ってからで、それ以前はジャズ・ソウルを演奏していたのだった。
 そこで購入したのが初期5枚をまとめたチョーお徳なボックス・セット。なんたって5枚で1500円しないんだから!!!
 嘘のようなまことの話。驚愕のプライス! なのだ。

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 ここで紹介するのがその中では最初期、通算5枚目になる『It's Uptown』(1966)。
 アナログ・ジャケットをそのまま流用した紙ジャケには解説書の類いはなし。ただし、当時は裏面にアルバム紹介文が記載されていたデザインのため、あると言えばある。でも、文字が小さくて読むのがかなりキツイ。なので演奏者の詳細は不明。
 演奏の基本はカルテットで、ギター、ベース、ドラム、オルガン。そこに曲によってバリトン・サックスが加わる。
 このバリトン・サックスが以外なのだが、いやいや、これがけっこう曲にマッチしていて、格好良い。時にベンソンのギターとユニゾンでメロディーを奏でるところなんて、ついニンマリとさせられる。

 ところが、2曲目の「サマータイム」ではベンソン先生、お得意の歌を披露するのだが、これがどうにもいただけない。もちろんギター同様、歌も上手いのだが、曲の内容(「サマータイム」は南部の貧しい黒人の奥さんが、赤ちゃんに聞かせる子守唄)をまったく無視。ミョーに脳天気な歌声なのだ。それも黒人なのに黒人臭さ0%なのがとってもへん!
 ご本人様はまるでフランク・シナトラにでもなったつもりとしか思えない白っぽさ(笑)
 そこではたと気がついた。この人の演奏には黒人特有な体臭がスッポリと抜け落ちているのだ。そう考えると、後年、『Bleezin'』(1976)でブラック・コンテンポラリーの旗手になったのは、100%必然であったのだなあ、、、と妙に納得。

 この5枚組ボックスには
 『It's Uptown』(1966)
 『THE GEORGE BENSON COOKBOOK』(1966)
 『Beyond the Blue Horizon』(1971)
 『BODYTALK』(1973)
 『BAD BENSON』(1974)
 が収納されていて、よりフュージョン化してゆく彼の演奏の移り変わりがわかるようになっている(他の4枚はまだ未聴)。
 実はフュージョン嫌いなワタクシなれど、年を取って多少丸くなったと自負しているので、多分、聴けるとは思うけれど、さて???
 
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エドゥアルド・ベタンクール・ライブ [音楽]

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 「こんなライブがあるんだけど行く?」
 というお誘いに、のこのこついて行くお人好しのワタクシは、"天邪鬼でキワモノ好き" な、正統派からはほど遠い、プロレスラーに例えるなら、キワモノのヒール、それも怪奇派あたりか !?

 さて、エドゥアルド・ベタンクールとは聞きなれない名前で、いったい何を演奏する人なのかと思ったら、アルバ奏者だった。アルバと聞いてピンとくる方はひとかどのツウであろう。簡単に言っちゃうと、ハープ。それもけっこう大きめの。ここ日本でも、若くて美人な上松美香の存在によって、その名はかなり広まったと思う。

 楽器の形状から、どうしても女性奏者によるロマンティックな演奏を想像しがちだけれど、ところがどうしてどうして、ベタンクールの演奏からは、力強い攻撃的な技の数々とともに、鋭角的な音が次々に飛び出してくるのだった。
 アルバって、こんな楽器だったっけ???
 舞台上で繰り広げられる演奏を目の当たりにして、ただ息を飲むばかりだ。
 伴奏を受け持つクアトロ(四弦ギター)のルイス・ピノが、これまた小気味の良い音で、ベタンクールとまるで対抗するかのように、ガップリと組み合う。クアトロは基本的にソロでメロディーを爪弾くといったものではなく、目まぐるしくコードチェンジし、それがあたかもメロディーを奏でるかのようなのだ。

 無料で配布されたプログラムにはゲスト扱いで、ルシア塩満とあるが、実は彼女が海外で開催されたアルバ・フェスティバルを観客の一人としてベタンクールの生演奏に接し、強いショックを受け、いつか日本に紹介したいと考えていたそうだ。
 そんな彼女のベタンクールとの競演も交え、進められる演奏は、どれもたいへん素晴らしいものだった。
 特にベタンクール特注のワンサイズ小さいアルバは、小さくなった分、音の鋭さが増したように感じる。それに加えて、まさに華麗としか表現しようのない超絶技巧には、まったくもって驚かされる。ルシア塩満がぜひ日本に紹介したいと思ったのかがよーく理解出来る。

 演奏が終わって、最寄りの居酒屋に向かう途中、連れと交わした会話が、
 「まるでアルバ界のジミ・ヘンだな、こりゃ!」
 言いえて妙である。

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崔健15年ぶりのライブ [音楽]

 急遽体調が悪化、喉が痛くてだるい。熱もある。
 医者は風邪の初期症状だと言う。
 だるいし、眠い。
 しかし、崔健のライブは今夜なのだ!
 どうする?
 子どもを質に入れてでも行く! と、嫁さんに宣言しているくらいなのに、試合放棄は意地でも出来ない。
 なので気力を振り絞って会場のある川口へ向かう。

                           ★

 会場の入口前の人だかりや会場内のロビーにたむろしている人たちの会話は中国語のみ。
 まったくいないわけではなかろうが、日本語は皆無。それでも座席について開始を待つ間に、周囲から日本語が聞こえてきたので、ホッとひと安心。

 開始前にアナウンス。
 「撮影はステージ開始15分までとします。それ以上は禁止」
 なる、通常の公演では考えられない嬉しいハプニング!!!
 さすが中国、いいねえ~。

                           ★

 オープニングは「痩人楽隊(そうじんがくたい)」。
 中国では現在最も人気のあるバンドらしい。それでも2001、2002年のFUJI ROCKに連続出演した経験あり。10年もやっていれば熟練してくるものだが、音は若々しい。ちなみにボーカルのダイチンはモンゴル族だそう。

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 次いで中国ロック界のカリスマ、崔健(ツイジェン)の登場。
 バックには煉瓦の壁に赤い星。
 「俺たちは赤い旗の下に生まれた卵だ!」
 アレンジは多少変わっているものの、力強いボーカルはCDで聞いたまま。いや、それ以上の生々しさに溢れ、生命力が噴出している。このボーカルの圧倒的説得力こそが崔健の崔健たる証でもある。

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 メンバーもどうやら変わっていないようで、何故かソロを弾かないエディ、ドスン、ドスン、と身体の芯に響くドラムの貝貝、太鼓が崔健サウンドの骨格でもある仨児、そして崔健サウンドの要、フリーキーなサックスが格好良過ぎる劉元!
 これらが密接に結びつき、凝縮され、一斉に放たれた時、音楽という名の奇跡が起きるのだ。

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 崔健の音楽は首尾一貫して変わりがない。
 中国人としての自分と対峙し、国に対する憎しみ、と同時に愛情、その狭間で揺れる自分の感情を吐露する。
 崔健は中国音楽の伝統を否定しないし、それどころか、自分の音楽にしっかりと取り込んでいる。それは自分の血であり肉である。母であり父である。しかし、息子はそこに留まっていてはならない。伝統とは革新の中からしか生まれ得ないことを知っているからだ。崔健の強さはそこにある。

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 香港が中国に返還されることを歌った曲と、所々に呼ばれた通訳が説明してくれた。
 時代は変わる、動く、ということを、中国人がまさに実感させられた歴史的事件だ。観光旅行と食べ物とアイドルスター(今では韓流スターに取って替わられてしまったが)にしか興味のない日本人には彼らの思いは推し量れないに違いない。まさにリアルなのだ!
 この曲はいつもステージに女性を呼ぶそうだ。なので、今回も女性がステージへと上った。それに加え、このブログへもご連絡を頂いた崔健のファンクラブの方限定で男性もOKとなった。この度の崔健の来日には並々ならぬ力添えをされたようで、再建がそれに感謝の意を込めての嬉しいプレゼント!

 終了は9時過ぎ。
 事前に配布されたプログラムにある途中の休憩が急遽なしに変更されるなど、予定通りにしないところがま崔健らしい。
 アンコールを一曲。会場に電気が点いてBGMが流れ出してからのもう一曲のアンコールもハプニング! 帰ってしまった人には申し訳ないが、力のこもった演奏に再度大興奮!!
 
 「転がる石(西洋)と転がる卵(中国)がいつかぶつかったら、卵が勝つ!」
 との力強い言葉に、幾多の苦難(過去、中国本土でもコンサートが中止に追い込まれたことが多々あった)を 
潜り抜けてきたことで身につけた自信と、これからは中国の時代だとの自負がそこからうかがい知ることが出来よう。中国のロックはまだまだ面白くなってゆく、そう思わせる言葉だった。

   
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レイチェル・スイートに首ったけ [音楽]

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                 『FOOLS AROUND/Rachel Sweet』(1978 )   

 若い頃はだれでもマイ・フェイバリット・アイドルとでも呼ぶべき女性を持っていたりするものですな。
 今ならさしずめAKB48とかなんですかね。
 あれだけいれば誰か好みの娘に当たるだろうとは思いますが、う~ん、どうなんですかね。若くないので正直わかりません。
 
 ボクの場合、中学に入ったらすぐに洋楽だったので、そういうアイドルって、実はいなかったんですよね。
 そんな洋楽オンリーな嫌味なヤツにも、これはかわいいと思ったのが、レイチェル・スイート。
 時はニューウェーブ創生期。イギリスのスティッフというインディーズレーベルが注目を浴びていたのだった。その代表格がニック・ロウで、彼の歌う「JESUS OF COOL」は、粋で格好良かった! 

 そのスティッフレーベル唯一の女性だったのが、当時まだ15歳だったレイチェル・スイートで、顔というより、声に惚れましたね。顔ももちろんかわいいのですが、とにかく歌が上手い!
 それもアメリカ人なので、ニューウェイブでありながらカントリー・フレイバーを効かせた楽曲と、ちょっと鼻にかかった甘いティーンネイジボイスに、もう、たまらん! と、なった次第であります。

 全部で4枚のアルバムが発売になっている中で、やはりなんと言っても一押しなのがファーストの『FOOLS AROUND』。
 実はこのアルバム、米国と英国では収録曲とジャケットが異なり、ボクが手に入れたのが米国盤の方。CD化された現在では英国盤のみで、米国盤ジャケットは姿を消している。
 その違いは、ニューウェイブっぽさ(?)を出した英国盤に対し、チーンネイジポップを協調した米国盤といった図式だ。ちなみにカントリーに接近した「I Go To Pieces」は英国盤には未収録だったりする(これメチクチャいい!)。

 それに続いてよりニューウェーブ色というか、パンク色を全面に打ち出したのが2nd『Protect The Innocent』(80)。
 ダムドの「ニューローズ」とか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ニューエイジ」とか、ツウ好みの名曲を含んだ話題作であったにもかかわらず、評判は芳しくなかった。どうやらリスナーが望んだのはファーストの方向性だったようで、可愛らしさをもっと全面に押し出して欲しかったようだ。
 ただ、方向性としては決して間違っていなかったと思う。少女から大人の女性へのイメージチェンジ戦略がそこに重なっていたので、早く大人になるのか、ゆっくり大人になるのかの選択だったわけだ。付け加えるなら、モノクロの強面のジャケットに対する拒否反応が、肝心の音の評価まで左右してしまったのではないか。

 その後、CBSソニーと契約し、ファースト時のイメージを取り戻そうとするかのような方向に進む。1981年に発表された『AND THEN HE KISSED ME』(81)がそれ。しかし、スティッフというインディレーベルと大手のソニーでは音作りがまったく異なり、やはりといおうか、時代の流れもあって、ぶ厚いメジヤーの音になってしまっていて、昔からのファンを失望させた。
 音も、ニューウェーブ~パンク系から、大味のアメリカンロックへ。悪くはないのだが、どうも今ひとつだった。
 続いての4作目は、時も80年代半ばになり、かつての少女は悪女路線にまたまた方向転換する。『Blame On Love』(82)は曲の大半をレイチェル自身が書いていて好感は持てるものの、ヒット曲ねらいのキャッチーなつかみに欠け、残念ながら凡作となってしまった。

 以降、シングルは数枚発表されたものの、アルバムには結実せず、今に至る。
 それに伴い、歌手より女優へシフトしていった。

 以上がレイチェル・スイートという、才能豊かな少女の物語。
 時は過ぎ行き、LPはCDへ。それでも彼女の残したアルバムは、今でもボクの手もとに存在し、聴き継がれている。
 数十年前も今も変わらぬ思いで・・・。


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祝、崔健(ツイ・ジェン)来日!!! [音楽]

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              『一無所有(俺には何もない)/崔健』(1993年日本発売)


 今朝の新聞を見ていたら、埼玉版の下段に、

  中国人ロック歌手 川口で来月7日公演

 とある。

 中国人ロック歌手?
 それも川口?
 とか、疑問に思いながら、読み進めていったら、な、な、なんと、

 崔健の名前が!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 けだるい朝食タイムが一気に緊張感に包まれる。
 時間は9時50分。
 
 嫁さんも子どもも質に入れてでも、行かねばならぬ!

 そうつぶやいたワタクシは、さっさと食事を済ませ、自分の部屋へ。
 10時ちょうどに会場となる川口リリアホールに電話をかける。しかし、話中。
 懲りずにリダイヤルを繰り返すと、4度目で見事につながり、そのまま予約。
 5月7日(金)16:30~
 仕事は6時までなので、当然、それからでは間に合わないが、そんなこと知るか!!
 1時間早く上がる方法を今から考えておこう。なんてったって、大事件なのだ。仕事をしている場合じゃないぞ、正直な話!!!

 その昔、商業主義に飲み込まれて息絶えたロックに幻滅し、捨てた男(ボクのことです)が、それでも捨て切れなかったのが崔健なのだ。
 歌わなければならない必然性が、彼の歌には満ち溢れていた。
 ロックがロックであるという意味を、必然性を、彼ほど発散していたアーティストは他にいなかった。
 ジャズが本国アメリカで捨てられて、ここ日本とヨーロッパの中だけに生き残ったように、ロックもまた、アジア人(残念ながら日本人はアジア人としてのアイデンティティをとうの昔に失ってしまっている)の中に生き長らえるのかと、期待させるに十分な説得力があった。残念ながらそうはならなかったにしても。

 「紅旗下的蚤」 (赤旗の下の卵)、まさに今、赤旗ならぬ崔健のもとに馳せ参じねばならない。
 「一無所有」 (俺には何もない)が、天安門事件にかかわった若者たちの心情を代弁していたのと同様、すべてのはみ出した者たちの合唱となるように。

 
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「ピート・クーパー」ミニ・ライブ [音楽]

 ピート・クーパーという名を知る人は数少ないと思う。
 もちろんボクも初耳。
 で、何をする人かというと、アイリッシュ・ミュージック界のフィドル奏者として、それも特に教える側の人間として有名らしい。
 I love all kind of music のワタクシは、アラブ、中南米、アフリカ、アイリッシュ、まあ、早い話が、何でも好きなのだ。ジャンル無視の快楽主義者、美味しいところ取りのお調子者、支離滅裂、、、、。

 なのでたまたまお誘いのあったピート・クーパーのライブを、それも3000円で観れると聞き、せっかくだから行きましょうかと、仕事帰りの金曜日、初台の東京オペラシティへ足を運んだ。

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 会場となる近江楽堂は、ホールと呼ぶにはあまりにこじんまりとしたスペース。
 円形のそこはまるでミニチュアの教会のようで、モスクのような丸い天井が厳かな雰囲気を醸し出し、音の響もかなりなもの。
 そこに椅子が50席ほど、並べられていて、それでいっぱいになってしまうくらいと言えば、その規模を想像してもらえるだろう。
 ということは、ステージも単に椅子が置かれているだけ。そう、サロンと呼んだ方がピッタリくる。

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 定刻の7時になり、登場したのは、まさに大学教授と見間違うような風貌のピート・クーパーその人。
 椅子に座り、足でリズムを大きく取る。最初の一音から、アイリッシュ独特の旋律が心地良い、こちらが想像したまんまの、典型的な曲。
 次は、彼に師事した日本人女性と、アコーディオンの小さいやつ(名前は何て言うんだろう?)を手にした、こちらも日本人の女性の3人からなる演奏。
 曲によって編成を変えながら、次々に演奏される曲は、どれも親しみやすく、こちらのツボにハマりまくる。日本人とアイリッシュって、もの凄く相性が良いと思うのはボクだけだろうか?

 彼の演奏と曲を聴いていると、アイルランド・ミュージックのルーツは、農民やジプシーのまつりごとの時に、にぎやかに演奏されるそれなんだなあ・・・というのが肌で感じ取れて、まるで気取ったところのない庶民の音楽としてのありようが、親近感を覚える理由なのだな、、、と。

 演奏は途中の休憩を入れて、2時間みっちりと続けられた。
 曲によっては歌あり(フィドルを弾きながら歌う)だったり、アメリカのカントリーだったりして、こちらが意識するほどには、アイリッシュとカントリーを区分けしていないような感じも受けた。
 シンプルなのに飽きの来ない演奏の数々は、シンプルなゆえに、ダイレクトにこちらに伝わるのだ。

 曲が曲として、歌が歌として、今、この瞬間、目の前に存在することの意義は、とてつもなく大きい。
 
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『天使の歌声』(アート・ガーファンクル) [音楽]

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            『天使の歌声(ANGEL CLAIE)/アート・ガーファンクル』(1973)


 いやあ~、いつ聴いてもいいね。
 ビートルズとともに、古典中の古典である、サイモン&ガーファンクルの曲の数々は、ちょうど我が青春の1ページを彩る、貴重な存在だ。
 このブログでも「I AM A ROCK」を紹介したが、彼らの曲に駄作なし。これってやっぱり凄い。ストーンズの曲の半分は駄作なのと比べると、その凄さがよーく分かる(それでもワタクシもストーンズファンなのですが)。

 さて、ここではS&Gのガーファンクルの方をちょっとだけ紹介。

 S&G解散後、当然のように注目を集めたのはポール・サイモン。彼がすべての曲を手掛けていたので、当然といえば当然なのだが、そんなプレッシャーの中、『ポール・サイモン』『ひとりごと』と、立て続けに名作を発表。シングルカットされた「母と子の絆」、「僕のコダクローム」も大ヒット、一人になっても凄いポール・サイモンを天下に知らしめた。

 一方、アート・ガーファンクルは曲は作らず、ボーカリストとしての資質に合う楽曲を、いかに自分流に歌うか、ということは、イコール、いかに彼の美声を聴かせるか、を、第一に掲げたアルバムを作ろうと奮闘していた。
 その結果、満を持して発表されたのが、この『天使の歌声(ANGEL CLAIR)』だった。
 ここからは1曲目の「青春の旅路(Traveling Boy)」、6曲目の「友に捧げる賛歌(All I Know)」がシングルカットされ、それぞれヒットした。ポールもいいけど、アートもいいねえ・・・と、リスナーは贅沢な想いを味わう幸福に酔ったに違いない。


 「ひとりぼっちのメリー(Mary Was An Only Child)」

 メリーはひとりぼっちだった
 誰も彼女を抱きしめてあげたことがなかったし、笑いかけてさえあげなかった
 彼女はトレイラーハウスで生まれ、みじめで、貧しかった
 それでも、彼女は安雑貨店に置かれた宝石のように、キラキラ輝く笑顔をしていた

 メリーにはひとりもともだちがいなかった
 壁にピンで留めたスターたちだけが、彼女を見つめていた
 でも、彼らは誰も安雑貨店に置かれた宝石のように、キラキラ輝く笑顔のメリーを見たことがなかった

 もし、夜空の星を眺めることがあったなら
 あなたは星々がみな等しく輝いているのがわかるだろう
 そして、きっとそこに神様の姿を見ることだろう
 私はそれを知らなければならなかったし
 あなたは安雑貨店に置かれた宝石の存在に気づかなければならなかった      (訳 TAO)


 シンプルゆえにとても美しい曲。
 訳はほとんど直訳なので、堅苦しい感じを受けると思う。
 ただ、日本盤の訳が、あまり原文のニュアンスを伝えてないんじゃないかと思い、堅苦しくなるのを承知で訳してみた。
 ボクは翻訳者じゃないし、これが正しい訳ではないのかもしれないのだが、正直、もうちょっと何とかしてよ、と・・・。

 PS."only child" は、ただの子ども、とか、どこにでもいる普通の子どもの意味だと思うが、文のつながりを考えて、タイトルにもなっている "ひとりぼっち" をそのまま持ってきた。


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音楽は流れゆく [音楽]

 久々に知り合いの女性からメールが届いた。

 「こんどライブをやるので、ぜひ観に来て下さい」

 その日は用事がすでに入っていたのだが、時間を確認すると、昼の2時過ぎとなっている。
 用事は夕方の5時からだ。
 それならふらっと立ち寄る時間はありそうだ。

 ・・・という流れで、土曜日の午後、ワタクシはここ渋谷におります。
 ハチ公前は知っているけれど、モヤイ像(?)ってどっちだよ、レベルの田舎者にとって、渋谷は路地が斜めに延びている分、とても分かりにくいのだった。
 唯一の救いは、ライブハウスのホームページが駅からの道順を事細かにUPしてくれていたこと。ああ、ありがたや、ありがたや・・・。

 入口でお金を払おうとすると、すでに支払い済で、ドリンク代500円のみ徴収された。
 薄暗い階段を下り、中に入る。
 カウンターにジン・リッキー(ジンのグレープフルーツ割り)をオーダーして、しばし、時間をやり過ごす。
 
 複数バンドが出演するこの日は、2番目の出演。
 休憩時間をはさみ、定刻通りに登場すると、静かな雰囲気で演奏は始まった。

 彼女の持ち味の澄んだ高音が響き渡り、そこに生ギターがからむのが、このバンドのスタイル。
 ドアーズの「LIGHT MY FIRE」といった意表を突いた曲や、スタンダードの「MY FAVORITE THINGS」 、ラストの日本語の曲など、どれも自分なりに消化して、好感が持てる。
 歌、上手いなあ~と、素直に感動してしまったのだった。
 それに加え、ギターが大迫力なのだ。優しいアコギではないのである。ハードなアコギの響が、涼やかな彼女の歌声とは正反対にもかかわらず、よくマッチングしている。きっと正反対だからいいのだろう。

 ステージは約40分。
 見終わって、挨拶もせず、そこを後にした。
 いちおう後で短い感想なりをメールしておいた。

 ジャズ・サックス奏者であるアルバート・アイラーの曲に、こんなタイトルがあったっけ。

 「Music Is The Healing Force Of The Univers」

 音楽ってやつは、いつだって魅力的なんだ!

 
タグ:美女
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